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浪江町の歴史2(現代から東日本大震災以前)

印刷用ページを表示する 掲載日:2017年5月15日更新

明治22年の町村制施行により誕生した浪江村は、明治33年に浪江町となり、昭和28年10月に請戸村・幾世橋村と合併、次いで昭和31年5月1日に大堀村・苅野村・津島村と合併して、現在の浪江町が誕生しました。

合併当時の広報誌

 希望に満ちた新・浪江町の創世記(昭和31~40年/1956-1965)

新しい組織のもとで運営されることになった浪江町。昭和35年に財政再建準用団体の指定を受けたものの2年後には赤字を解消し、この間、水道事業に着手して現在の水道事業の礎を築くなど、インフラ施設、教育施設、社会体育施設等の充実に努めた時期です。昭和37年に定められた町章は、融和団結を表現し、1町5か村の飛躍発展を象徴しています。

昭和31年19561月浪江町、大堀村、苅野村、津島村の1町3村が合併し、現在の浪江町となる
昭和33年19584月中野および中浜、両竹の一部を双葉町に編入
昭和35年19605月チリ地震の津波の影響が請戸にも現れる
昭和36年19615月浪江町上水道の通水開始
昭和37年19623月上水道の一部供用開始
7月浪江町の町章制定
昭和38年19635月「なみえ町政だより」創刊(42年に「広報なみえ」へ改称)
昭和40年196511月町民第一体育館が完成

 合併当時の町議会議員

(写真:昭和31年5月、合併当時の浪江町議会議員)

旧役場庁舎 旧津島村役場

(写真:(左)旧浪江町庁舎と(右)旧津島村役場)

高度経済成長が続き、町の基盤整備が進む(昭和41~50年/1966-1975)

国道6号、114号の全面舗装完了、大柿ダムの建設決定、国土調査事業開始、老人いこいの家「やすらぎ荘」完成、双葉地方広域市町村圏組合発足など、町の地域振興、人づくりの柱として町の核となる施設整備が進められました。昭和46年には台風23号の来襲で大きな被害を受けましたが、その後も町は発展を続け、49年には第一次浪江町町勢振興計画が決定しました。

昭和41年19669月浪江小学校校舎が一部焼失
12月浪江小学校校舎の新築工事が着工
昭和42年19674月日立衛生工場・浪江電工株式会社の浪江工場が開所
5月原子力発電所の誘致を決議
昭和43年19687月大和電線工業株式会社・福島工場が操業を開始
昭和44年19693月浪江町公民館が完成
5月アルプス電気株式会社・浪江工場が操業を開始
5月浪江町商工会館が完成、業務開始
5月浪江町消防団常備部の新庁舎が完成
昭和45年19702月請戸小学校の新校舎が落成
3月浪江・大堀・苅野の各中学校が浪江中学校に統合
7月請戸漁協と浦尻漁協が合併
昭和46年19714月浪江救護員が開院
9月台風23号来襲、被害十数億円
9月大堀相馬焼協同組合が設立
昭和47年19724月双葉地方広域市町村圏組合が設立
4月大堀幼稚園を開設
6月請戸漁業協同組合事務所が落成
7月国保津島診療所が開所
10月双葉広域消防本部設置、浪江消防署・富岡消防署が開署
12月津島田植踊りが福島県重要文化財に指定
昭和48年19734月苅野幼稚園を開設
11月浪江統合中学校校舎・体育館・プール完成、記念感謝祭
昭和49年19743月第一次浪江町町勢振興計画が決定
4月幾世橋中学校と請戸中学校が統合、東中学校スタート
4月津島保育所が完成
4月大柿ダム着工
8月老人いこいの家「やすらぎ荘」オープン
昭和50年19753月津島公民館が完成
7月苅野幼稚園が完成

 自動電話開通

(写真:昭和42年、浪江電話局ダイヤル式自動電話の開通記念式典)

昭和48年頃の十日市

(写真:昭和48年頃の十日市)

地域開発と生活の向上を目指して(昭和51~60年/1976-1985)

財政再建の苦難、昭和55年の冷害・豪雪害を乗り越えて、交通網の整備、文教施設の整備、下水道事業の推進、産業の振興と幅広い事業の充実が町民の皆さんの生活向上につながり、浪江は双葉郡の中心的役割を果たすまでに発展しました。また、「浪江町に香り高い芸術、文化を」との声で浪江町芸術文化団体連絡協議会が発足し、広く町民が豊かな文化生活に浴する足掛かりとなりました。

昭和51年19761月浪江駅舎落成式
4月東中学校の新校舎が完成
4月大堀幼稚園が完成
6月浪江町民憲章を制定
昭和53年19782月大堀相馬焼が伝統的工芸品に指定
4月福島県浪江保健所が完成
4月エスエス製薬福島工場が操業開始
昭和54年19792月福祉バス「さちかぜ号」運行開始
2月公民館請戸分館が完成
3月公民館幾世橋・苅野分館が完成
昭和55年19804月双葉地方母子寮「白梅荘」オープン
8月浪江小学校校舎が完成
9月「80冷害」農作物被害のため冷害対策本部を設置
12月豪雪に見舞われ、8.7億円の被害
昭和56年19814月浪江町児童館が完成
7月「いこいの村なみえ」オープン
昭和57年19822月浪江の木(松)・花(コスモス)・鳥(かもめ)決定
3月高瀬野球場・幾世橋グラウンド完成
 5月浪江町芸術文化団体連絡会議が発足、第1回総会
昭和58年19832月国民体育館の落成式
5月大堀民芸会館オープン
9月第2次町勢振興計画を決定
昭和59年19842月第1回町民駅伝競走大会
3月統合津島小学校校舎が完成
昭和60年19853月雇用促進住宅が完成

大柿ダム定礎式

(写真:昭和55年、大柿ダム定礎式)

町民駅伝競走

(写真:昭和59年、第1回町民駅伝競走)

昭和から平成へ、町民の地域おこしで活気あふれる(昭和61~平成7年/1986-1995)

浪江町が活気づくきっかけとなったのが、昭和63年、町民の手づくりによる祭り「サマーフェスティバルインなみえ」の開催でした。平成元年、台風13号で高瀬川堤防が決壊し、市街地も床上浸水となる大災害となりましたが、同年には第1回ふくしま駅伝で浪江町が町村の部で優勝、浪江小ジュニアバレーボールクラブの県大会優勝、浪江高、浪江中、東中のソフトボール部が相次いで全国大会出場を決めるなど、スポーツ面での活躍も目覚ましいものがありました。

昭和61年1986<8月「8.5豪雨」被害総額9億8228万円
昭和62年19874月福島県沖地震 被害総額7656万円
5月井手山林火災で自衛隊出動を要請
6月第1回日山(天王山)山開き
昭和63年19887月国道114号昼曽根バイパスが開通
7月「サマーフェスティバルインなみえ'88」開催
平成元年19891月町民第二体育館・浪江公民館図書室オープン
4月加倉運動公園が完成
4月大柿ダム供用を開始
8月台風13号で高瀬川決壊の大災害、被害総額37億円
11月勤労者総合福祉センター「サンシャイン浪江」オープン
平成2年19904月浪江町シルバー人材センター発足
平成3年19911月国保津島診療所が完成、診療開始
3月幾世橋小学校新校舎が完成
4月防災行政無線システムの運用開始
9月公共下水道の一部供用開始
平成4年19921月浪江日本ブレーキ株式会社の操業開始
平成5年19931月津島診療所内に歯科診療所を開設
7月大堀小学校の新校舎が完成
8月記録的低温により対策本部設置、戦後最大の冷害
12月第3次浪江町長期総合計画を決定
平成6年19944月国道114号昼曽根トンネルが開通
4月北部衛生センター焼却炉施設が落成
4月「マリンパークなみえ」オープン
平成7年19952月役場庁舎建設に着工、安全祈願祭
7月浪江町国際交流協会が設立
10月東邦レーヨン株式会社浪江工場が閉鎖

 平成元年台風13号災害

(写真:平成元年、台風13号による被害)

マリンパークなみえオープン

(写真:平成6年4月、マリンパークなみえオープン)

新たな視点に立った町づくりの展開(平成8~22年/1996-2010)

平成8年11月、町のさらなる発展と町民サービスの一層の向上を図るため、役場庁舎を新築しました。常磐自動車道の延伸計画に伴う国道114号拡幅改良など幹線道路網の基盤整備をはじめ、電源開発との共生による産学官構想(企業・大学・研究機関の誘致)、請戸漁港を機軸にした活魚直売施設の新設など新たな町づくり、豊かな自然と調和した自立的な地域づくりの計画を進めました。また、「協働のまちづくり検討委員会」を設けるなどして、町の課題を町民参加型で話し合い解決していく町政を目指しました。

平成8年19964月ふれあいセンターなみえ運動公園オープン
4月中国興化市と友好都市締結
11月役場新庁舎が落成
平成9年19974月福島県浪江ひまわり荘が落成
平成10年19981月「加倉大橋」が完成、渡橋式
2月原浪トンネル貫通式
2月「ふれあいセンターなみえ」オープン
3月請戸小学校の新校舎が完成
5月双葉精器株式会社浪江工場が開所
平成11年19992月国有林山林火災発生(室原地内、三程林道沿い)
2月浪江町商工会館が落成
10月天皇・皇后両陛下行幸
平成12年20003月コスモス保育園、子育て支援センターが落成
4月県道原町浪江線、原浪トンネル開通
5月高齢者住宅「しらうめ荘」オープン
平成13年20014月アクセスホーム「さくら」オープン
平成14年20024月「陶芸の杜おおほり」オープン
10月浪江郵便局舎が落成
平成15年20036月なみえe-まちタクシー「ぐるりんこ」運行開始
8月浪江町小高町合併協議会を設置
10月相双地区の7漁協が合併、相馬双葉漁業協同組合に
12月新町ふれあい広場が完成
12月浪江町小高町合併協議会を解散
平成16年20044月浪江町パークゴルフ協会を設立
7月浪江町観光協会を設立
9月双葉精器株式会社浪江工場が閉鎖
平成17年20054月つしま活性化センターが開所
9月第4次浪江町長期総合計画を決定
平成18年20063月「高瀬川・請戸川流域地域づくりの会」発足
4月精神障がい者小規模作業施設「コーヒータイム」開設
5月合併50周年、式典はじめ様々な記念行事を開催
12月「観光フェスティバルin 浪江」開催
平成19年20071月「浪江町地域新エネルギービジョン」策定
1月津波ハザードマップ策定
平成20年200810月国の原子力総合防災訓練が福島県で初めて実施
11月なみえ焼そばを通じたまちおこし団体「浪江焼麺太国」が設立
平成21年20094月全国瞬時警報システム(Jアラート)の運用開始
平成22年20102月「ふるさと浪江会」設立
2月津島保育所が落成
6月協働のまちづくり検討委員会が発足
11月「東北四大やきそばサミットinなみえ」開催

天皇皇后両陛下行幸

(平成11年、天皇・皇后両陛下行幸)

パークゴルフ場落成

(平成16年、なみえパークゴルフ場落成)

▽浪江町の歴史1(古代から昭和中期)はこちら

▽浪江町の歴史3(東日本大震災後から一部避難指示解除)はこちら

▽浪江町の歴史4(復興創生期)はこちら

▽浪江町歴代町長はこちら